lifevlog’s diary

本と映画について感想を書きます。

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映画感想 ティム・ニーヴス監督『ブルー・ワールド 命の水を求めて』

水の再利用からエネルギー生成まで。未来に向けて持続可能な水環境を実現すべく、世界5大陸の変革者たちが生み出した革新的な技術に迫るドキュメンタリー。

Brave Blue World: Racing to Solve Our Water Crisis | Netflix

 

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世界各国の水にかかわる事情やその解決策となる変革的な技術を取り上げた50分のドキュメンタリー。

 

日本では水があるのが当たり前で、蛇口をひねったら飲める水がでてくる。このドキュメンタリーを見ると、その環境がとても恵まれているのだということに気づかされる。その日常に暮らしていると水を大切にしようとか、この水がどこからどういう経路できたものなのか、水を無駄なく使うにはどのようにしたらよいだろうとか、水質汚染につながっている企業活動となっていないか、などそういったことを考えることすらなくなる。思考停止状態だ。

 

『約20億人が飲用水がなく苦しんでいる。水の危機は迫っているのではない。今現在、進行中なのだ』

水はもともと地球にあったもので、自然の中で再利用されたきたもの。

しかし、その水が人間の手によって汚染されたら勝手にきれいにされるものではない。

汚染させてしまったら自然に返す前に再利用できるようにするために、きれいな水にする必要がある。

 

水に関する問題は発展途上国だけの問題ではなく、先進国も見つめなおす必要がある。

上下水の技術は、インフラの老朽化、非効率なシステムなどの問題がある。古いシステムがそのまま使われていたら、現状にそぐったシステムになっていないのは納得ができる。

 

そういった水の問題を解決するべく、技術の開発やビジネスに取り組む変革者がドキュメンタリー内では取り上げられている。

 

一市民としてできることは、こういった企業をし水の大切さを意識した生活をすることだろう。

現状を教えてくれた、このドキュメンタリーに感謝したい。

映画感想 スパイク・ジョーンズ監督『her 世界でひとつの彼女』

近未来のロサンゼルスで、セオドア(ホアキン・フェニックス)は相手に代わって思いのたけを手紙にしたためる代筆ライターをしていた。長きにわたり共に生活してきた妻キャサリンルーニー・マーラ)と別れ、悲嘆に暮れていた彼はある日、人工知能型OSサマンサ(スカーレット・ヨハンソン)と出会う。次第にセオドアは声だけで実態のない彼女の魅力のとりこになり……。

her/世界でひとつの彼女 - 作品 - Yahoo!映画

 

                                 ポスター画像

 

この映画は映像がめちゃくちゃ美しい。

作品内のインテリアも素敵だし、映像がきれいだし、音楽も心地よい。

そういった世界観に浸りたいときにはぴったりの映画だと思う。

 

AIが発達した世界の映画はたくさんあるが、この作品はその中でも珍しい作品なのではないだろうか。この作品ではAIは明確な敵でも味方でもない。

ある人にとっては恋人のような関係になったり、親友の関係になったりする。

そんな関係性の行く末にあるものがどんなものなのかが、この作品では描かれている。。

 

この映画のメッセージとしては色々な要素があると思うのだが、テクノロジーの発展による人間関係の希薄化が一番の印象だった。耳にイヤホンを入れて、OSと話しをして街を歩く人々のシーンが印象的だった。人であふれているのに、誰も人間同士で会話をしていない。

実際の世界でもワイヤレスイヤホンで話しながら街を歩く人は多い、今のところ話をしている相手はOSではなくて人という違いはあるが流暢に話ができて友人のように話ができるAIが発明されたとしたら、それを趣味として生きていく人は多くいるようにも感じる。

 

それが良いことなのか悪いことなのかは正直わからない。孤独に悩んでいる人にとっては、それをいやしてくれる画期的なツールとなるかもしれないが実際の人間との関係性はより希薄化していってしまう懸念がある。

 

この映画では、主人公がAIや周囲の人とどのような関係を築き上げて、どんなことに悩み、どのような結末を迎えるのか。そんなところに注目すると楽しめるかもしれない。

 

ちなみにAIのサマンサは声だけでもとても素敵で、私も恋をしてしまった。

こんなAIができてしまったらはまってしまう自信が私にはある。

映画感想 デニス・ホッパー監督『イージー★ライダー』

マリファナ密売で儲けた大金をタンクに隠し、真のアメリカを求めてオートバイで放浪の旅に出る二人のヒッピーを描いたアメリカン・ニュー・シネマの代名詞的作品。元々は馬をバイクに乗り換えた現代の西部劇を目指して創られた作品だが、そこで描き出されたのはドラッグ・カルチャー、余所者への強烈な排他性、そして名ばかりの“自由”という現代のアメリカであった。

イージー・ライダー - 作品 - Yahoo!映画

 

  ポスター画像

 

こんな悲しい終わり方ってあるかい?

鑑賞後、心にぽっかりと穴が開いた感覚。

謝肉祭へ行くためにアメリカをハーレーダビッドソン走る男二人のロードムービー

 

アメリカの大自然を音楽とともに、バイクで駆け抜ける映像は雰囲気が抜群だ。

途中途中で、田舎で暮らす一家の家でご飯を食べたり、同じヒッピーの集まる家にお世話になったり、人々との交流も映される。少し退廃的にも映るけど、優しい世界でいい場面が続く。

しかし、道を進んでいくにしたがって暗雲が立ち込めていく。たまたま店に居合わせた保守派の人たちが、ワイアットとビリーに対して暴言を吐くのだ。彼らがヒッピーの風貌をしているからというだけで、汚い暴言で罵る。彼らが何か悪いことをしたわけではなく、長髪というだけで暴言を吐く保守派の人が異常に映る。

 

途中までは素敵な雰囲気ののんびりとしたロードムービーだったからこそ、心がざわつく。特にワイアットを演じたピーター・フォンダの、言葉少ないながらも視線や笑顔で人と交流する姿は男から見てもかっこよくやさしさを感じるものだった。

 

ドラッグのシーンは独特の映像、サイケデリックな雰囲気の演出がされていた。

私はヒッピーだからってお気楽な人生を歩んできたわけではないぜ、というような悲惨な人生を感じたのだが、皆さんはどう感じただろうか。いろんな感じ方がありそうだ。(苦手な人は苦手な描写)

 

素敵な劇中歌がたくさん流れていたので、とりあえず劇中で使用されていた音楽たちを探して聞いてみよう。

あとはピーター・フォンダのような優しい視線と笑顔で人と交流できるように精進していきたい。

 

映画感想 クエンティン・タランティーノ監督『イングロリアス・バスターズ』

1941年、ナチス占領下のフランスの田舎町で、家族を虐殺されたユダヤ人のショシャナ(メラニー・ロラン)はランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)の追跡を逃れる。一方、“イングロリアス・バスターズ”と呼ばれるレイン中尉(ブラッド・ピット)率いる連合軍の極秘部隊は、次々とナチス兵を血祭りにあげていた。やがて彼らはパリでの作戦を実行に移す。

イングロリアス・バスターズ - 作品 - Yahoo!映画

 

         イングロリアス・バスターズ [DVD]

 

戦争映画が得意ではない人ってきっといると思う。

私もその一人で、あまりにもリアルだと心が暗くなってしんどくなってしまうし、かといってあまりにもエンタメが強すぎるとそれはそれで興ざめしてしまう。

 

イングロリアス・バスターズは戦争映画ではあるものの、エンタメの要素もふんだんに交えつつ戦争の異常さも映し出していて絶妙なバランス感覚を保っている映画のように感じた。一言でいうと見やすい戦争映画。

 

ポスターの雰囲気からエンタメ全開の作品なのかと誤解していた。

冒頭のシーンである第一章から、その世界の残酷さでやるせない気持ちになり、一方でこの後の展開がどんな展開を見せるのかとどきどきしてしまう。

章立てを分けて上演するという形をとったのもうまいなと思う。章をおうごとにこれまでの登場人物たちが最後の舞台に到着していく様は、この映画を盛り上げる方法として絶妙な方法だろう。

 

俳優陣もすごく豪華なメンバーが集まっているが、中でもクリストフ・ワルツの演技がこの作品では光っている。ブラッド・ピットはもちろんかっこいいのだが、クリストフ・ワルツの存在感が圧倒的すぎる。役柄が癖のある役だからとも言えるだろうが、見事に演じ切っている。彼の演技に注目して見ると、より一層楽しめると思う。

 

ストーリーとしては劇的な展開があるのかとかどきどきしながらずっと見ることになると思うのだが、そこまで劇的な展開はないように思う。そのような展開はなくはないけど、めちゃくちゃ劇的ではないかな。むしろ、はかないくらいに淡々と進むからこそ驚かされるという印象が強い作品。

 

人が人を殺す姿には、どんな背景があったとしてもきれいなものでないと思えた作品。

タランティーノ監督だとレザボア・ドッグスが好きなんだけど、また見直してみようかな。

映画感想  ジャレッド・コーン監督『密の宮殿』

ミシェルは、父親が経営する会社の重役として働くキャリア・ウーマン。離婚して、豪華な邸宅で娘と2人暮らし。セレブな生活を送る彼女だが、心の中では刺激的な恋人との出逢いを求め、熟れた肉体を持て余していた。そんな彼女の前に表れた、ライアンという男。危険な匂いに惹かれたミシェルは、衝動的に男に抱かれる。そしてある夜、ライアンがミシェルを連れて行ったのは、秘密SMクラブだった。人を支配する側だったミシェルは、支配され服従する悦びを知り、禁断の快楽に溺れてゆく…。

蜜の宮殿 « アルバトロスフィルム

 

蜜の宮殿

 

Netflixでランキングに入っていたのをきっかけに視聴をしてみた。

日本のランキング10位にランクインしていた。

鑑賞後、この映画がなぜ10位にランクインしたのかよくわからなかった。

かくいう私も鑑賞している一人なのだから、文句は言えない。

 

Netflix上のジャンルとしては、官能的なヒューマンドラマとされている。

私はこのジャンルに詳しくないので、そのジャンルの中でこの映画の質が良いのか悪いのかはわからない。

ストーリーとしてはきれいにまとめた感じ。きれいにまとめすぎているようにも感じた。正解不正解がわからない性の世界を映画にするのは難しいことなのだろうけど、少し安直な気がした。

 

視聴している視聴者層が気になる。男性が多いのか、女性が多いのか。

あくまでも主人公は女性で、女性の視点で物語は進むのでどちらかというと女性向けの映画のように感じた。

性を描くのは、小説、絵画、映画どのジャンルであっても古く昔からされていたこと。

まだまだ自分の世界はせまいのかもしれないが、ジャンルを絞らずに色々な作品を観ていきたいと思う。

映画感想 マーティン・ブレスト監督『セント・オブ・ウーマン 夢の香り』

気難しく人間嫌いな全盲の退役軍人と、心優しいエリート寄宿学校の苦学生との年齢差を越えた友情を描き出した感動作。A・パチーノの熱演(七度目のノミネートにして遂にアカデミー主演賞受賞)やC・オドネルのさわやかな演技は言うに及ばないが、男同士の奇妙な友情を軽快に見せてくれたM・ブレスト監督が、今度は打って変わってじっくりと人間愛を描き、監督の奥の深さを認識できる点も記憶しておきたい。G・アンウォーとタンゴを踊るシーンは絶品!

セント・オブ・ウーマン/夢の香り - 作品 - Yahoo!映画

 

ポスター画像

 

アルパチーノがめちゃくちゃかっこいい。

変に文章をつづるよりも、この一言で全ての感想としてしまったほうがよいかもしれない。

それくらいアルパチーノのかっこよさがしみいる作品だ。

 

物語としては、気難しい全盲の退役軍人であるフランク(アル・パチーノ)とその世話係として感謝祭の時期にアルバイトとしてかかわることになったチャーリー(クリス・オドネル)の交流を描いている。

チャーリーは家が裕福ではないが、優しい青年でまさに優等生といったキャラクター。一方でフランクは厭世的な態度ではあるものの、ユーモアにあふれ人としてのやさしさは感じるおじさんである。(おじさんという表現が的確ではない気がしてならないのだが、それ以外の表現がわからなかったのでおじさんとしている)

フランクに振り回されるように生活をしていたチャーリーだが、徐々にフランクの魅力を感じるようになり二人の距離が縮まっていく。

 

そんな生活の中で、フランクが自殺をしようとしていることにチャーリーが気づく。普段の生活でそんな雰囲気はおくびにもださない。チャーリーは自殺をしようとする寸前で阻止する。まさに自殺をしようとしていたフランクをチャーリーが止めるシーンは見どころの一つだろう。フランクが自殺する理由は明確には描かれていないが、全盲の退役軍人ということや家族との関係などが理由なのであろうということがなんとなく推察される。

 

チャーリーはすごくいいやつなんだけど、あまり個性が強いキャラクターというわけではなく私としては少し物足りなかった。一方でアルパチーノ演じるフランクは最後の演説のシーンはもちろんのこと、タンゴを踊るシーンやフェラーリを運転する姿など随所にかっこよさを感じた。

 

最後の演説のシーンを見て、魂ってとてもかっこいい言葉だなと思った。

読書感想 安部公房『砂の女』

砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編。20数ヶ国語に翻訳されている。読売文学賞受賞作。

安部公房 『砂の女』 | 新潮社

 

 

恥ずかしながら安部公房の作品を初めて読んだ。

せっかくなので読んだ感想を書いていく。

 

閉鎖的な村の一軒家に閉じ込められてしまう男の物語。

その家には女が一人いて、ともに生活をしていくことになる。

その村は砂によって生活の仕方が制限されていて、かつその砂を外部に売って生計を立てているような村だ。日々の砂かきをしなければ家がこわれてしまうような状況のため、毎日の砂かきは生きていくうえで必要な労働。そして、その集めた砂を外部に販売して村のお金にしている。砂の性質上、それは許されないことだと男は言うが村としてはそんなこと知ったことではないというスタンスだ。

 

毎日同じことの繰り返しで労働も単調で過酷だし、さらには村の外に行く自由が奪われている生活。そんな村の生活に女は満足しているのだ。男は村の罠にかかり、同様の生活を強いられる。逃げるための梯子を奪われて、砂の影響から無理やり逃げ出すこともできない。

 

この作品で印象的だったのが、男が逃げ出そうとしながら逃げた先の社会にも希望を見いだせていない点。

教師として働いているが、『教師くらい妬みの虫にとりつかれた存在も珍しい』と言っているし、さらには同僚のことを『日常の灰色に、皮膚の色まで灰色になりかけた連中』と呼んだりもしている。

それにも関わらず、罠にはめられて閉じ込められたので脱出をしようとしている。当たり前の行動のように思えるが一種の矛盾をはらんでいる。

 

男は、村の現状を聞くほど村の生活を改善するのは難しいことを思い知らされる。行政に頼ることもなにもできない彼らは、今の生活を続ける以外にはないという結論を持っていてそのスタンスを変えることは男にはできない。

 

家に閉じ込められて、外の世界に出られないという意味ではコロナ禍の今にもつながるところはあるかもしれない。私は、出られる側だった人間が出られない側になったらどのようになるのかが描かれているように感じた。さらに、外に出られるにしろ出られないにしろ問題はあるので、そこにどのように向き合うかが大事なんだろうなという月並みな感想をいだいた。

 

最終的に男がどういう結論を下すのかは、ここには記さないが終わり方にも味があるので是非ご一読いただきたい。