読書感想 江國香織『東京タワー』
大学生の透は恋の極みにいた。年上の詩史と過ごす甘くゆるやかなひと時、世界はみちたりていた。恋はするものじゃなく、おちるものだ。透はそれを、詩史に教わった。一方、透の親友・耕二は、女子大生の恋人がいながらも、蠱惑的な喜美子に夢中だった。彼女との肉体関係に……。夫もいる年上の女性と大学生の少年。東京タワーが見守る街で、二組の対極的な恋人たちが繰り広げる長篇恋愛小説。
江國香織作品の雰囲気が好きだ。
語彙力が乏しくて申し訳ないのだが、描かれている人物、部屋、コーヒー、お酒、それらすべてが魅力的なのだ。
もちろん、魅力的ではないものも描写されているが、その表現もはっとするような素敵な表現なので、すべてが魅力的と言ってしまった。
やわらかいというか、時がゆっくりしているというか、淡々としているというか、気取っているというか、世界観が確立されているというか、作品で表現されているあの雰囲気を一言で言い表すのはなかなか難しい。
人物、部屋、コーヒー、お酒の描写で私が素敵だと思った表現を以下にて抜粋していく。
・人物
透は、どこか遠くにいるような感じだった。昔からそうなのだ。孤独な子供みたいに、透には、周囲になじまないところがある。べつに浮きはしないのに、かといってなじむこともしない。
透の友人の耕二目線で、透を表現している描写である。
友人のことを、ここまで考えている人っているのだろうか?
このような描写によって、透と耕二の関係がより魅力的なものになっている。
・部屋
ガス台に、コンロは一つしかなかった。透はやかんで湯をわかし、インスタントコーヒーを二つ、いれた。
事務所は狭く、雑然としている。着いてすぐ、革張りのソファで愛し合った。待てなかった。そのために来たのだといわんばかりだった。
蛍光灯は白すぎたし、あかるすぎた。窓に降りたブラインドは、上げても狭い路地が見えるだけだった。事務机も製図台も、紙だらけで散らかっていた。大きなコピー機は目障りだった。
部屋の描写、部屋の描写自体はあまりよいものとしては描かれていない。
むしろ、雑然としたものとして描かれている。
しかし、雑然とした部屋の中であっても(だからこそ)普段とは異なる感情を生むことがある。その描写が巧みだった。
・コーヒー
四時十五分。電話はまだ鳴らない。透は、ぬるくなったコーヒーを不承不承啜る。インスタントコーヒーが透は好きだ。ドリップしたものよりも性に合うと思う。うすっぺらい香りがいいのだ。いれるのが簡単だし。
一部を抜粋すると、なんてことない表現かもしれない。
透という人物、電話を待っているというシーンがより一層コーヒーのなんてことない描写を魅力的なものにしているのだろうか。
・お酒
「もうすこし早く生まれてきてくれていたらよかったのに」
グラスを揺らし、ワインの表面に小波を立てながら詩史は言った。
「私にとってこの曲がとても特別だったころ、あなたも一緒にこれを聞いてくれていたらよかったのに」
透が返事をできずにいると、詩史は自分で会話にケリをつけるように、
「ときどきね、ときどきそんなふうに思うの」
と、言って微笑んだ。
お酒単体というよりは、セリフのなかに溶け込んでいるお酒の描写だろうか。
こんなことを、ワインを飲みながら静かに言われたら19歳の男子大学生はどうしようもないだろうな。
27歳でも確実におちる。
コーヒーやお酒の描写自体は、特に際立っているわけではないのだがシーンの要所要所に溶け込んでおり、雰囲気をよりよくしている。
結局のところは江國香織が描く人と情景、その組み合わせが好きなのだろう。
私はシャイなので、表立って江國香織が好きとは言えない。(なんかちょっと言いずらい)
それくらい小心者なのだが、江國香織が好きという女性がいたらそれだけで好印象になってしまう。
単純なのだ。