映画感想 永井聡監督『恋は雨上がりのように』
陸上競技に打ち込んできたが、アキレス腱のけがで夢をあきらめざるを得なくなった高校2年生の橘あきら(小松菜奈)。放心状態でファミレスに入った彼女は、店長の近藤正己(大泉洋)から優しい言葉を掛けてもらったことがきっかけで、この店でアルバイトを始めることにする。バツイチ子持ちである上に28歳も年上だと知りながらも、彼女は近藤に心惹(ひ)かれていく。日増しに大きくなる思いを抑え切れなくなったあきらは、ついに近藤に自分の気持ちを伝えるが……。
きっれいに終わった作品。
ありきたりなベッタベタなラブコメディではなくて新しい形の作品だとは思う。
嫌いじゃないけど、めちゃくちゃ好きとはならなかった。
そしてなぜかきれいな終わり方を裏切ることを期待していた自分もいる。
ひねくれてるんです。
内容をざっくりお伝えしてしまうと歳の差の恋。
女子高生とバイト先の店長の恋物語。
恋愛ありきのベタベタな物語ではなくて、人生に対するメッセージもきちんと含まれている青春作品だと思う。
ただ、それでもきれいな作品だなと私なんかは思ってしまう。
極端なことを言ってしまえば、夢を追う彼女を応援する恋か、夢なんかどうでもいいから愛し合う恋どっちがいいんだっけ?というようなことを問いかけるような映画。
正解がどっちか一つだけとは思わないが、なんとなく前者のほうが素敵なことだと思う人が多いのではないだろうか。
それを体現した作品。
大泉洋演じる店長はとても素敵な人。
バツイチ子持ちという経歴があるが、その背景は語られない。
小松菜奈演じる女子高生はまっすぐに物事に向き合い、ピュアな心を体現している。
現実世界の恋愛も全てこんな風になればいいなと思う。
現実ここまで素敵な人ばかりではないので、ご注意を。
小松菜奈…めちゃくちゃかわいかった。
映画感想 ヨン・サンホ監督『新感染 ファイナル・エクスプレス』
別居中の妻がいるプサンへ、幼い娘スアンを送り届けることになったファンドマネージャーのソグ(コン・ユ)。夜明け前のソウル駅からプサン行きの特急列車KTX101号に乗り込むが、発車直前に感染者を狂暴化させるウイルスに侵された女性も乗ってくる。そして乗務員が彼女にかみつかれ、瞬く間に車内はパニック状態に。異変に気づいたソグは、サンファ(マ・ドンソク)とその妻ソンギョン(チョン・ユミ)らと共に車両の後方へ避難する。やがて彼らは、車内のテレビで韓国政府が国家非常事態宣言を発令したことを知り……。
新感染。
今更ながら鑑賞。
ゾンビ映画って、本当にすごいって今更ながら思う。
噛みつかれるとその人がどんな人であろうともゾンビになってしまい、今までは人間として理性のあった人がすべてをなくしゾンビとして人間に襲い掛かってきてしまう。
そしてゾンビに負けないように人間たちは醜さをさらけ出しても生き抜けようとし、人間同士の争いへと発展する。
よくできたストーリーだよな。
始祖の人って誰なんだろうか。
とりあえず今回の新感染も王道をなぞったような作品ではあると思う、
今までのゾンビ映画と違うのは、ゾンビが走るの早いくらいだろうか。
あれだけ肉体の身体能力が高いゾンビが大量発生したらたまったものではないだろう。子供、妊婦、老人、彼らまで守り切れるものだろうか。
ゾンビ映画で語られるのは、危機に陥った時パニックになった時にどのように行動するかで人間性が問われるものだということだと思う。
あなたならどうするだろうか。
この映画を真剣に見て、そんな想像をめぐらすのも悪くはないのかもしれない。
映画感想 コーネル・ムンドルッツォ監督『私というパズル』
待ちに待った出産。打ち砕かれた希望。悲しみという大海に放り出された彼女は、岸を目指してただひたすらにもがき続ける。
冒頭の出産シーンで一気に引き込まれる映画。
そしてそこからの悲劇を描いた作品。
ハッピーエンドではないけどおすすめの映画シリーズでも今度書こうかと思う。
出産に居合わせたことがないのだけど、恐らく出産のときに夫である男ができることなんて限られているんだろうなと思う。
せいぜい励ましたり、手を握ったり、何か身の回りの世話をするくらいだろうか。
この時ばかりはひたすら無力。
そして妻である女性は激痛に耐えながらお産に臨む。
この映画では無事に出産して産声をあげた後に、助産師が赤子の体温が低いことに気が付き事態が一変する。産声をあげた後のつかの間の幸せの状況が一変する様は心が締め付けられる。
冒頭の出産シーンの緊迫感はすごいが、そのあとの生活も見ていて心苦しい描写が続く。
夫役のショーンも失意の状態になり浮気に走ってしまったり目も当てられないし、マーサ(主人公)の実の母親は助産師の過失として裁判を起こして勝つことばかりでマーサと向き合うことをしていない。
母は子供を第一に、夫は奥さんを第一にしたほうがうまくいくって、どこかで見た気がするけど、それはまさにその通りだなと改めて思ったのであった。
夫は誰にとっての第一でもなくなっちゃうので、そのあたりのかじ取りがうまい奥さんがいると素敵な夫婦になれるのだろうな。
映画感想 ノア・バームバック監督『マリッジ・ストーリー』
女優のニコール(スカーレット・ヨハンソン)と監督兼脚本家のチャーリー(アダム・ドライヴァー)は、かわいい息子がいる仲のいい家庭を築いていたが、夫婦の関係は少しずつ悪化していき、離婚を決める。円満な協議離婚を望んでいたが、ため込んできた相手への怒りを爆発させ、負けず嫌いの二人は離婚弁護士を雇って争う。
映画とか小説とか、必ずしもハッピーエンドで終わる必要はないと私は思っている。
どちらかというと単なるハッピーエンドというよりかは、生々しい日常を描きつつその中でもがきながら生きていくようなストーリーのほうが好みだったりする。
上記の感覚に賛同いただける方にはぜひおすすめしたい作品の一つ。
結婚するまでを描いた作品ってよくあると思うのだが、この作品は逆に離婚するまでを描いている。
まさに逆転の発想。
常識にとらわれることなく、そこに真摯に向き合った作品だと思う。
チャーリー(アダム・ドライヴァー)とニコール(スカーレット・ヨハンソン)は二人とも決して何か決定的な欠点があるわけではないし、子供にはとても優しく、劇団の仲間ともうまく付き合っているような素敵な大人だ。
しかし、ニコールはチャーリーと結婚したことによって自分というものがなくなって『母親』『妻』としてのみ生きているように感じてしまう。チャーリーはニコールがそんな風に思っていることにはまったく気づかずに、それが当たり前のように生きている。
そんなすれ違いから、ニコールから離婚を切り出すことに…。
結婚をしていない自分からしたらその気持ちはまだ分からないけど、母親や奥さんであるまえに一人の人間なんだよなぁとか、当たり前のことをおろそかにしてはいけないんだなぁとかいうことを考えさせられた。
あとは離婚を調停する時に弁護士を立てると弁護士同士の争いも絡んできて、より話がひどくなる様などは見ていて辛い。
オープニングの描写とエンディングの描写には救われたかな。
決してハッピーエンドではないけど、これも一つの生き方なのだと思う。
幸せいっぱいの恋愛をしているようなときに観たい作品だ。
映画感想 矢口史靖監督『サバイバルファミリー』
鈴木家は、父・義之(小日向文世)、母・光恵(深津絵里)、息子の賢司(泉澤祐希)、娘の結衣(葵わかな)の4人家族。ある朝、目を覚ますと突然全ての電化製品が停止しており、鈴木家だけでなく近所中で同じことが起きていた。さらに電車も車もガスも水道も止まってしまい、家族全員途方に暮れる。そこで義之は、東京から出ようと決断し……。
久しぶりに邦画鑑賞。
シンプルに面白かったし、感動した。
私は家族が一致団結する話に弱いのだ。
クレヨンしんちゃんの映画でも泣ける。
ある日電気、ガス、水道というライフラインが一気に止まってしまう。
移動手段である車、電車、飛行機まですべて止まってしまっていて動けないので物資の供給もない。
このまま東京に残っていても供給が尽きて、生活ができなくなっていく。
そして一家は東京を出て、祖父が暮らす九州は鹿児島へと向かうことを決心する。
それも、自転車で。
ライフラインが止まった後の経過日数とともに生活が激変していくさまが面白い。
最初の一日目は、大多数の人が何とか会社や学校へと到着するためにあれやこれや頑張るが会社についても仕事にならず結局何もせずに帰るところはとても滑稽。
なんだか現実にもありえそうでいやになる。
父・義之(小日向文世)のキャラが絶妙で、このキャラがゆえに映画として成り立っているとも言えるくらい。
プライドは高くエラそうな態度をとるが、サバイバルについては無知なのだ。サバイバルのことについて知識がある人は少ないので無知なのは当たり前ではあるのだが、それでもプライドはくずさないし、父親の威厳は保とうと必死だ。
そんな父に対してイライラしていく子供たちや、そんな人だと理解している母のかけあいは見ていて面白い。
それでも子供たちに食べ物を与えるために必死になっていく父親の姿はかっこよくて、私は嗚咽した。
家族って大変なこともあるけど、最終的には誰よりも信頼しあって大事にできる存在でありたい。
あとはサバイバルに関する知識や技術を身に着けたい。
そんなことを思った映画だった。
映画感想 オリビア・ワイルド監督『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』
親友同士で成績優秀な女子高生エイミー(ケイトリン・デヴァー)とモリー(ビーニー・フェルドスタイン)は、卒業式前日、遊び放題だったクラスメートがレベルの高い進路を決めていることを知って衝撃を受ける。二人は勉強一筋で青春を犠牲にしてきたことを後悔し、残り少ない学園生活を謳歌(おうか)すべく卒業パーティーに繰り出すことを決意。そんな二人の波乱の一夜が幕を開ける。
男のバディ映画はあったけど、女性のバディ映画ってあったっけ?
自分が見れていないだけかもしれないけど、これが初めての作品かもしれない。
女性のバディ映画があったら教えてほしい。
前評判めちゃくちゃ高くてすごくわくわくしてみたけど、内容的にはそこまで…?と正直思ってしまった。
多分、前評判高すぎ問題が原因だと思う。なんだろう、もっと感動系の話を想像していたんだけどそこまで感動するものでもなかったかな。
ただ、今まで王道の物語しか映してこなかった映画の世界に一石を投じた作品ではあるのかもしれない。
女性二人のバディ映画であったり、既成概念にとらわれないキャラクター設定。
ジェンダー論的にも枠にはまらず自然な世界を描いているとは思う。
しかしそこには既成概念を超えた先の感動でというものはなかったように思う。
そこだけじゃなくて、もっと感動させてほしいというわがままな感想が芽生えてしまったのも事実。
既成概念を超えるのは当たり前で、そこからどのようにして一歩先んじてた世界を見せつけてくれるのか。
そこまで欲してしまうわがままな鑑賞者には今一つ物足りなさがあるかもしれない。
期待値が高すぎた問題はあるかも。
関連作品
映画感想 ジョージ・クルーニー監督『ミッドナイト・スカイ』
孤独な科学者オーガスティン(ジョージ・クルーニー) は、地球滅亡の日がすぐそこまで迫っているというのに、北極から動こうとしなかった。一方、宇宙船の乗組員サリー(フェリシティ・ジョーンズ)は、任務終了にともなって地球に帰還しようとしていた。そんな中、オーガスティンはサリーたちを乗せた宇宙船が地球に戻るのを、どうにかして阻止しようとする。
終わり方を書いた作品。
一番印象に残っているのは、オーガスティン(ジョージ・クルーニー)とアイリス(カオリン・スプリンガル)が食事中に豆で遊ぶシーン。
カオリン・スプリンガルの存在感が際立っていた映画だった。
孤独なおじさんと無垢な少女という組み合わせはどうしてこうもマッチするのか。
何かを諦めたような哀愁を持ったおじさんが純粋無垢な少女と出会い、その少女を守ろうとする姿はかっこいい。
そのかっこよさには自分自身に関係がない未来に対して全力を尽くす姿、その献身的な姿が背景にあるように思う。
全力で生きてきたが何もなしえなかったという虚無感を抱える男が、最後の最後に見出す希望がその少女となるのだ。
宇宙と地球の二つの場所で並行的に物語が進む。
突然目の前に現れたアイリスという少女が何者なのか、地球に戻ってしまったら生きていけないということを知らずに地球へ帰還しようとしている宇宙船のメンバーにそのことをうまく伝えられるのか。
それらが物語の軸になる。
地球がなぜそのような世界になってしまったのかは描かれておらず、現実感という意味では弱いが一方で幻影的に描いた作品と思う。
(放射能が周りにあることが原因ではあるようだが、放射能がなぜ周りにあふれているかは説明がない。)
死ぬことが確実になった時にどのように生きるかを考えることはとても大事なことかもしれない。